よくある賃貸 吉祥寺への質問
共有物を処分するなど共有者全員の同意を必要とする場合であっても、一心同体だから、権利の行使が容易に図れるが、ライベッスはただでさえ権利性が薄い「共有持分」を極少に細分化したうえに、広く全国で販売し、一人では何もできない状況をつくり出した。
つまり、権利性を喪失きせたに等しい」と指摘するTは、これを「共有持分の悪用」だと断罪する。
「共有持分の悪用」はまだ、ほんの序の口である。
「悪用」という表現を借りるならば、R商法にはさらに「賃借権の悪用」「配当保印証の悪用」という2つの要素が加わる。
Rは物件販売にあたって「無期限の一括借上げ」を条件としていた。
購入者と賃貸借契約を結び、賃料を「配当」と称して保証する形をとる。
「無期限の一括借上げ」という賃借権の設定が、Rにとって何を意味していたか。
見えてくるのは、一度販売した物件の回収の構図である。
しかも、これに「配当」保証を付け加えるから、「無期限の一括借上げ」の役割をいっそう大きなものにした。
それが招来せしめる結果は、きわめて重大なものだ。
説明は簡単である。
「配当」きえしていれば販売したはずの物件を実質上、半永久的にわが物として手中に置いておけるのである。
「事実上、賃借権の限界を取り払ったものだ」とTは説明する。
ここに至って購入者は、購入した物件を召し上げられ、不動産所有権をそれこそ奪い取られたのと同じだ。
それはまさしくRの勝手な資金運用を可能にし、ついには保証しているはずの「配当」支払いを無視して運転資金に流用するまでの暴走を許す事態を生む。
「共有持分の悪用」と「賃借権の悪用」によってRは2重の暴利を追求しえたのである。
パンフレットでわざわざ比較し優位性を調ったように、当時の高金利時代の銀行定期預金や中期国債ファンドを上回る。
調い文句の「高配当」が、実は同社にとっては経営を圧迫するほどの負担になっていた事実Rが倒産したのは92年4月。
前年度の「C管理・運営実績表」が手元にある。
同社は開業以来、オーナーに対して経営や運営に関わる一切の資料を公開していない。
表は倒産後、A棟管理組合役員代表が従業員との面談時にRから提示されたものだ。
「実績表」によると、収入はホテル、マンション合計で約15億円(売上原価を差し引いた売上純利益は約14億円)。
対して人件費などを含む管理運営に関わる支出が9億3000万円、オーナーに対する賃料支払い(会議室などの専有部分の区分所有者であったラィベックスも含む)が約9億2000万円。
約4億6000万円の赤字となっている。
91年10月から始まる賃料未払い分の計算がどうなっていたかは不明であるため正確なところはわからないが、その限りでも、オーナーへの賃料支払いは収入の6割を占める。
赤字の原因はどこにあったのか。
稼働率が低かったのかというと、そうではない。
マンションの入居状況はほぼ満室、ホテル的「高配当」が経営を縛る。
当時のCの状況を見ると、入居者は満員の状態だったようですね。
マンションのほうは、ですね。
Tホテルの営業も、ずっとそれなりに続けておられたでしょう。
必ずきちんと入ってくる賃料収入あるいは営業収入に関して、公共料金も支払わないで、どこへ持っていったんですか。
これも先ほど証言しましたけど、今考えますとやっぱり高級すぎたためと、余りにも付加価値というか、いろいろな施設にお金を掛けすぎたと。
だから、細かく詰めていけば、そこに物凄く無理があったと。
決して悪い業績ではありませんでした。
営業も収支を維持するほどには稼働していた。
それなのに、なぜという疑問に、ほかならぬR社長のT自身が回答した場面がある。
95年(平成7年)2月10日、東京地方裁判所民事第15部。
破産管財人(A棟オーナー有志の申立てにより、Rは92年2月20日、破産)が提起した管財人物件明渡裁判の第20回口頭弁論が行われ、Tが証人として出廷した。
この裁判には、A、B、Cの3棟が共同参加しており、訴訟代理人であった弁護士のTが証人尋問に立った。
問題の場面は、以下のとおり。
「高配当」の表現ほど、不動産の金融商品化を象徴するものはない。
Rが発行した「SUCCESS皿」というパンフレットに次のような表現がある。
「ホテルァーサー札幌」を例に、ホテルコンドミニァムオーナーズシステムを説明した一文の中だ。
Tが証言したように「C八王子」は「高級」な高額物件であった。
共有持分の細分化の狙いの一つは、高額物件の価格を一口当たりに落として購入者の拡大を図る点にあった。
「高配当の保証」も同じだ。
ローン設定と結合させ、たとえ他から借りてきても容易に返済できるという幻想を喧伝しながら、購入者の吸い込み口にしようとしたのが、その理由Tは、「C八王子」の運営状況は決して悪くなかったと認め、赤字の原因は「付加価値」にお金を掛けすぎたからだと証言した。
「高配当の負担」という直接的な表現はなかったけれども、尋問したTは、その「付加価値」や「コスト」という表現の中に、「高配当の負担」が含まれているという印象を強く感じたという。
なぜ、経営を圧迫するほどの配当を設定したのか、という疑問も生まれよう。
当然、理由は30年たてば別かもしれませんけど、あの時点においては余りにもコストが掛かるものをやっていたと。
それを埋めていたという形です。
いまだにオーナーの中には、「騙された、という感覚がどうも薄い。
バブルが崩壊していなければ、あるいはRも続いていたのでは……」と、R商法の不法性に半信半疑の人もいないわけではない。
確かに、バブル崩壊がR倒産を早めた一因ではある。
バブルが続いていれば、と考えるのもうなずける。
だがそれは、時間を少し先に延ばすだけでしかなかっただろう。
てかせあしかせ「吉向配当」の保証が経営の手桂足棚になっている現実が続くかぎり、破綻は時間の問題に過ぎない。
かといって「高配当」の看板を下ろせば、販売の拡大は難しい。
R商法は、そういう矛盾の上に成り立つ。
いわば、自転車操業であったのだ。
「その物件をRに賃貸し、一定の配当を賃料として受け取ります」よく読んでみよう。
「賃料を配当として」ではない。
「配当を賃料として」である。
この違いは大きい。
「不動産」と「金融商品」の主客が転倒してしまっている。
そこに本末転倒したRの発想が見て取れる。
「共有持分の細分化」「一括借上げ」「配当保証」という3つの要素を一体として不動産の金融商品化を図ったR商法は、不動産所有者としての権利を奪い取っておきながら、「配当保証」でいかにも有利な物件であるかのように装った、詐欺的色彩の強いものだった。
ひとたび破綻すると、そこには、所有権を奪われ、ざらにローンの重圧に晒された購入者一人一人が呆然と立ちすくむ結果が残るだけだ。
購入者の権利を取り戻す闘いが、いかに困難であったか。
不幸なことに、オーナーたちは、Rという会社を舞台に怪しげな勢力がはびこっていたもう一つの現実をまるで知らなかった。
Rが設立されたのは、1980年(昭和55年)3月。
以下、同社の社員のほとんどが退職し、新たに同名の会社を設立し、Tが代表取締役に就いた。
設立後の成長のスピードは目を見張るばかりだ。
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